第三回
夢のプレーヤー 大下 弘
2001/2




写真は辺見じゅん著
「大下弘 虹の生涯」より

日本の野球の打撃人を五人あげるとすれば、
「川上、大下、中西、長島、王」
三人にしぼるとすれば、
「大下、中西、長島」
そして、たった一人選ぶとすれば、「大下 弘」
…三原 脩 氏
 
日本プロ野球の歴史の中で、三つの重大な時期に三人の天才が出現して、この国のプロ野球を救った。
一人目は、プロ野球の草創期、彗星のように現れて、ベーブ・ルースらの全米最強軍を相手どりバッタバッタと三振の山を築いた 「沢村 栄治」
二人目は、戦後の一面焦土と化した日本に突如として出現し、ホームランをスコンスコンと打ちまくって爆発的プロ野球ブームを巻き起こした「大下 弘」
三人目は、日本が高度成長期に向かうとき、そのダイナミックな攻・守・走で人々の記憶に永遠に残る仕事をしたミスタープロ野球「長嶋 茂雄」
…青田 昇 氏
 
日本のプロ野球が今の繁栄を迎えるためには二人の背番号3の存在が必要であった。
…西鉄ライオンズ黄金期の四番バッター「大下 弘」と九連覇を成し遂げたときの読売ジャイアンツの四番バッター「長嶋 茂雄」

…辺見 じゅん 氏
 

何ともワクワクさせられる叙述です。
そして とどめをさされるような次の一節

戦後、廃虚の空に虹のようなホームランを放って人々の心に希望の灯をともした一人の男がいた。
…辺見 じゅん「大下 弘 虹の生涯」
 
我々団魂の世代にとって、「四番サード長嶋」のアナウンスは苦々しくも、今以上にその時代に引きずり込まされてしまう響きを持っています。プロ野球を演ずることが出来たエンターテーナーとして長嶋以上のプレーヤーに遭遇したことはありません。その長島以上の印象を与えたプレーヤーが過去に出現していたとしたら……。
「大下 弘」。彼の全盛期に、時代を共に生きたプロ野球ファンは少なからずおられることと思います。しかし、当時の社会状況のせいか、あるいは野球そのものが未成熟であったためか、野球ファンの視点から彼を語る声がほとんど聞こえてきません。
そこで、私なりに勝手に想像を膨らませてもらうことにしました。
今昔のプロ野球を比較して「面白さ」ということではどうなのでしょう。
現代の野球はゲームとしての内容はより緻密になり、体力的・技術的にも年々レベルアップしていることは間違いありません。ところが、生涯のベストナインを選出するという企画などでは、オールドプレーヤーが相当数入ってきます。
今昔を等しくみている著名評論家諸氏も―沢村、中西に匹敵する現役プレーヤーは見当らない―と言っています。どういうことなのでしょう。私が思うに…
全体的なレベルが未熟だった(かもしれない)頃の一握りの天才プレーヤー達は、独自のスタイルで、思いきったプレーをすることが出来た。そのことがスーパースターを生んでいった。娯楽が娯楽であった時代、人々は素直にそれを享受し、スーパースターの輝きは増幅されていった。突出する力量を育む土壌があったのではないかと思われるのです。
そこで、大下 弘の2枚の写真です。
上の1枚は、いわゆるヒッチ(打つ時にいったんグリップを下げる)をしています。今ではよくないタイミングの取り方といわれるもので、このスタイルで通用しているバッターは現在では皆無でしょう。また一本足にも、王 貞治、イチローとも異なる、静かさ、柔かさを感じます。
下の一枚は、レフト方向へ流し打ったものですが、体を丸くしたこういうフォームも今では余り見かけないものです。(ちなみに昭和50年代に近鉄の小川 享という職人肌のバッターがこういう打ち方をしていました。)
いずれにしてもこの写真から窺える凡そ力感のない、魅惑的なバッティングフォームから美しい虹の橋がかけ続けられたとしたら、それはそれは極上のエンターテイメントであったことでしょう。
「大下 弘」を語っていただける人。是非お会いしたいものです。



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